芸術家がらすやのネタ帳ブログ私がらすやの製作を支えるネタや取材記録を
本家ブログ【芸術家への道】から独立いたしましてお送りいたします。

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瞑想 緑の大地 20:07
 


緑色の大地にいる

森の中
植物たちの吐き出す水分に潤わされ
ひんやりと気持ちいい

どこにいるのか
すがすがしい気持ちよさの中にいる

目線は自由
そのまま樹の幹に添い駆け上がり
森の外、空へ舞い上がる

そこは青空

空から見下ろすそこは
広大な森

どこまで行っても
青々と茂る木々たちの上空を風を切るように飛ぶ

とはいえ
翼を持つ感覚もなく
ただただ意識が空を駆け
森から発せられるエネルギーを
自身一杯に受け、
まとい、

ただ、

気持ちよく空を飛ぶ







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瞑想 赤い大地 19:50



乾いた赤い大地の空を飛んでいた

青い乾いた空
両側は切り立った赤い壁


羽根は上下に動かすことなく
「空気」を切ってすり抜ける感覚

それはまるで「鷹」か「鷲」の目線

ただただ優雅に
大きく翼を広げ空を飛び
大地の隙間をすり抜け大空に舞い上がり
全体の風景を見下ろす


ここは
インディアンか
先住民の大地



それがドコカまではわからないけど
自分は優雅に飛ぶ…いや、
大気をすり抜けるといったところだろうか。

高い所から低いドコカへ向かって飛んでいる

乾いた大気が気持ちいい。











| 瞑想の記録 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by がらすや -
【瞑想】で【夢】で受け取ったこと 19:16


春になって
いろいろ落ち着かなくなって

見た「夢」に『努力が足りん』と叱咤激励され

急に気の流れが良くなってしまったようで

ヨガでの瞑想で拾ったものを抱えて
先日の飛龍さんに行って
さらに
加速度を上げたようで…




デザインやらやることやら、やった方がいいことなど
一挙にダウンロードが始まって
もらさず拾うのに必死な状況になっておりました。


こんな意図的な感じは初めてです。
乗りこなせばきっと
夢で見た「素敵な結果」につながって行くのでしょう。

まずは、何とか
食いしばって付いていかねば。








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久し振りに神社参りへ 09:27
昨年
あれほど、神社をめぐりましたが
今年はぱったりと行く機会が無く
お呼びもかからずにおりました。

今年に入って
最後に行ったのは「どんと際」で
それ以来です。

不思議なものですね。

「地」というか
「現在」に繋がれた感覚でおりましたら
先日、
久し振りにお呼びがかかり
飛龍神社に行ってまいりました。


そして、
あまりにも久しぶりだったので
「つっかけ」………



以前は、いつお呼びがかかってもいいように
車にスニーカーを積んでたものですが…

で、

あまりにも久しぶりだったので
いつも裏口から参拝しておりましたが
この度は
ちゃんと参道を登りました。






で、

那智神社にご挨拶をして
飛龍神社へ。


久しぶりの参拝。
大好きな「地」


そして
帰り足の遊歩道。

「つっかけ」では
ちょっとしんどい登り坂。

木々たちの息吹を感じながら
大地の大きさを感じて自分を解放する。




ジブン ノ チイサイ コト



大地に融けてしまえたら楽なのにと
帰郷本能なのか
いつも
堪らなく土に還りたくなる。

【土になり朽ち芽が出て樹木になって大気に散る】

この循環が好きなのだ。





これは昨年の同時期に
飛龍神社の側で見上げて撮影したもの。

山林で『見上げる』という行動は
自分が大地である錯覚を感じられる、気持ちいい瞬間。

細胞が喜ぶ瞬間。


そして、

もうひとつ
細胞が喜ぶ瞬間を持つ循環がある。


【天から降り注ぐ雨が大地に降り注ぎ
 それが大気となり再び大地へ降り注ぐ】

そんな水の循環。


このご時勢、
豪雨も多くなって来たので
雨に打たれて体が痛く、赤く腫れない程度なら
大人になった今でも
両手を広げて雨に打たれるのは好きだ。



ちなみにこれは、
美術展出展処女作で一度表現している。




そして最近

【過去から未来への時の循環】

が、加わり
次元が四次元にも五次元にも
広がってゆく。


で、それを表現した作品はこちら。





神社めぐりや森林浴は

常に私の中に在る
この3つの循環を整理するためにも
とても相性がいいのかもしれない。



そして現在


デザインがあふれ出て
書き留めるのに精一杯な日々を送っていた。












| 神社・仏閣巡り | comments(0) | trackbacks(0) | posted by がらすや -
「ゼロの境目」 18:42


先日、こんな本を読みました。
ここ最近の私が気になる件。

その前は



こんな本も読みました。

その前は



その間に

テレビで


こんな対談を見たりして。


別に、霊が見えるわけでも
霊感があるわけでもないのですが…

「見えない世界がある」とは思っているので
どんなところかなぁと興味はございます。

どこの世界にも
【明】と【暗】はあって
素人が興味本位で近づいてはいけない世界だと
それはよく判っております。

それでも、

物を創っていて
表現を考えたとき、

自分の表現に心を澄ますとき
どこに向かうかは、その人それぞれなんですけどもね
先天的な環境や
後発的な環境で
人それぞれな訳ですが

私が向かうところはどうも
「ゼロの境目」
いろんな角度でそこを観察するうちに
接触が続く環境に立たせられる人間もまた
いるのですね。
そして、
興味を持つので
こういった本もどんどん集まってくる始末。

で、結局



こういったものにも手を出す…

そして、ふと思うのは
こういうのを持つから
結局また、振り出しに戻ってしまうのでは。

思考の中の創作は
結局終わりは無いのかも知れない。






へんな文。

まぁ、現在のメモってことで。











| 精進 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by がらすや -
2015.3.11.その2 14:14
 

昨日、記事をあげました
その後、頂いたゆず茶を頂きながらほっこりしながら
その暖かさえ、記憶を遡らせます。

10日の夕刻から雪が降り
「そっか、雪、今日、降るのか…」と
そして11日の夜は雪が強くなり
それさえも11日直後に降った雪を思い起こさせます。

『忘れないで』

この言葉は、ここに居る以上当てはまらない気がします。
忘れることは「できない」のかも、と
4年目を迎えて強く思うようになりました。

自分が意識してそのことに触れないように
意識していること自体が
すでに「触れている」ような不思議な感覚。

こうやって、ブログにあげているので
この日に再び、今までの記事を確認して
結局、どっぷりと、その一日になります。











| 神社・仏閣巡り | comments(0) | trackbacks(0) | posted by がらすや -
2015.3.11. 20:37


3.11.本日は
幼稚園のときに亡くした大好きな祖父の命日です。
朝からお墓参りに行って参りました。

お彼岸前に片付けられた霊園には
雪が降ってお墓が綿帽子になっておりました。



そして、
その祖父に「大変お世話になったのですよ」という
私の大好きなおじ様が
「亘理は私のルーツの土地ですので
震災で亡くなられた皆々様にお線香をお願いさせていただきたいのです」
と、メールを下さったのでした。

最近、自我がしっかりしてきたと自分でも感じてはおりますが
とはいっても
とちらかといいますとエンパスとか憑依の気があるので
いろいろ思うところがありましたが
お線香を持ってゆきました。


風が強く
お線香にも火がつかず
100円ライターをつけていた親指が真っ黒になってもなお
数本しかつきませんでした。
今でも、指がひりひりするほどでした。

その間に何人もの方が手を合わせてゆきました。

その後、私はまだ火をつけようと必死でしたが
和尚さまが読経にいらしたので
後ろの方でこっそりご一緒させていただきました。
読経が出来るっていいなぁと心底思いました。


海外の人と英語で話すのと同じように
亡くなった方たちと話すのはお経なんだなぁと
感じずには居られないほど力強くも優しいお経でした。

線香に火もつかない強風の中
終始びくともしないで立っていられる姿が
力強く美しささえ感じました。

そして、その後、私もお線香をあげ
手を合わせ、
あの日、突然還らなければ
ならなくなってしまったたくさんの命が
迷うことなく天に還れる事を強く祈り
他県から、気にかけてくださっていますおじ様のお気持ちを伝え終えると…

先ほどの和尚さまのお経が思いかえされ
「号泣」となりました。

私自身は身内を亡くすことなく今日を迎えておりますので
すぐにこの号泣は私のものではないのがわかりました。




場所柄、土地柄で
「こういうことになるという事に自覚」が出来てからというものは
出来るだけ「自分」をはっきり持つようになりました。

「火がついたように泣く」という状態は
ああいう状態を言うのでしょう。

自分ではないのが泣いている感覚がわかりましたので
ひとしきり泣き止むまで泣いて
私の感情が戻って落ち着くまで泣いたままにしておきました。

私は「ただ器」な自覚はあるのですが
それ以上のことは何も出来ないので
様子を見るしか出来る術はありません。

ただ、落ち着いて感じたのは
具合悪いとか、気持ち悪い気配は無く
先ほどの「読経が嬉しかった」という、
ほっこりとした不思議な暖かい気持ちになったという感情でした。

このあたりが
読経が出来るっていいなぁと心底思った思いを
さらに強くすることになりました。


今日は、この辺で。

つづく




| 神社・仏閣巡り | comments(0) | trackbacks(0) | posted by がらすや -
ちょいと昔のタロットの話を。後編 16:25
DVC00051.jpg

◆お話の前編はこちらから


自分の意識のあり方がフラットになってゆく不思議な感覚があります。

私の中にタロットと言うものに関してちょっと「怖い印象」がありまして。
子供の頃の記憶だと、当たるときと当たらないときの落差がありすぎて、
自分が占った時の信憑性が無かったのです。
その流れで
占いは、統計とか風水とかそういう学問的な要素が強いもの、の方が好きになってゆくのですよ。
でもね、気付いちゃいました。

タロット、相性いい…♪ しかもこの「ダビンチカード」しっくり来ます。

タロットカードにつきましては無理に今まで「見ない振り」してましたから(笑)
「ある」ならあるで。
「出来る」なら出来るで、まぁいいじゃないかと、そんな気持ちになりました。

必要なことがあれば使えば、と。

そして、いろいろ乗り越えて来ましたので
↑ご興味ある方はブログ【芸術家への道】開設以来の長編大作『歯車の組み換え』序章2話+全56話
↑もっと、知りたい方はブログ【芸術家への道】の目次のようなもの をご利用下さいませ。

「占おうとする」から信用が持てないのですが
『もう一人の私』との連結のツールにすればいいんだと。
カードを通して会話すればいいのだと。

今までは『もう一人の私』が勝手に伝達事項をこちらの都合をお構い無しに連絡してくるだけで
こちらからのアクセスが出来なかったのですが

「なるほど!」と。

もちろん、ツール無しに「もう一人との自分」と意思疎通が出来れば
それに越したことが無いのですがとりあえず一歩前進。

っていうか、時間かかりました。【歯車】の記事は、もう7年も前の記事です(>_<) 
こんなに、ツールが側にあったなんてなぜ気付かなかったのだろう…(笑)
↑現在、ブログを更新しながら『もう一人の自分』が横から
「やいの!やいの!」と割り込み始めましたので文が書けなくなってきました(笑)

『見てみぬ振りしてたのはお前だろ〜〜〜!!!』……と。


レオナルド・ダビンチのカードの解説書には
『魂の謎と運命を明かすアートや美しいデザインを味わってみてください』
と書いてあります。

今回、思いつきで引いて結果を受けて、ドキドキしたり
その時の記事はこちら




自分に正直に生きるのも、いいのかもしれませんね。

◆カードに興味のある方はアマゾンでどうぞ















| 精進 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by がらすや -
ちょいと昔のタロットの話を。前編 17:17


タロットカードとレオナルド・ダビンチ
ん?
レオナルド・ダビンチのデッサン画を使って作られたタロット。
の、方が正しいかな?


以前、

レオナルドダビンチに憧れて
それこそ、むさぼり調べていたときに古本屋さんで見つけたもの。

憧れていた理由は、先日ブログ【芸術家への道】でご紹介いたしました。


一度目は
「見なかったことにしよう」と買わずに帰りました。

古本屋さんと言う場所柄、回転が速く、気に入った本でも
次に行った時は大体無かったりするもんですから買わないことを心に決めてたんです。

ところが、

二度目は「まだあるんだ…」と
三度目は「へ〜…あるんだ…」と
四度目は「次あったらあきらめて買おうかなぁ…」
そして五度目にあきらめて買いました。

なぜ「あきらめて」なのかというと
こういう占いのジャンルからは「遠のこう」と思っていたから。

『ステンド屋』で看板挙げましたから
現実の他の一切を排除した時期がございました。

私の性格が極端なのでしょう。
「ステンド屋」なので「ステンド一色」という発想です。



タロットカードは
小学校の高学年から〜高校生のときに、占いブームに乗って
随分タロットを活用してたときがありました。

その時のデッキはこれではなく
お菓子の懸賞に出したところ当たった大アルカナのみ、のデッキ。
↑当時はタロットカードが賞品になってしまうほど占いがブームだったんですよ。
その事は2007年に占いの記事を書いてました。

お菓子の懸賞で「タロットカード」が当たったこと自体を
本来、喜ぶところだったのですが
欲しいイラストレーターの物ではなかったので
ガッカリした記憶があります…欲深いですね(^^ゞ

とはいえ、
手にすれば遊びたくなるのは心情。

中学のときに仲のいいお友達相手に経験をつんだ後
高校に入ってからは
休み時間にお友達のさまざまな質問内容に合った答えを返したとかで
感動してもらった記憶があります。

自分で自分を占うときは、お風呂に入った後、夜中の0時または2時。
神経を集中させてからカードを触ってました。
考えによって、見方によっては結構本格的だった、ぽい…
↑このころから私を司っていたものは『夜』と『月』そして………『うしみつどき』(笑)
 その後「笑えない」と、知る事になるのですが、この話はまたの機会に。
 しかも、これこそが【リーディング】だったと、この時はしるよしも無い。
 おまけに『うしみつどき』に何からリーディングしたもんだか、すべてが怪しい。


それでもやはり、
大人になると占う機会も無くなる事もあって
すっかり日の目を見なくなり
そのデッキは随分前にうちの猫ちゃんのマーキングの被害を受け
カードが、かわいそうだったと、今は思いますが
「無くなっても平気なもの」という事であっさりと処分いたしました。

それ以降、
カードとは縁のない生活を送っていたところに

なんと!今の友達から



「家にあったカードだけど多分ここに持ってくるのが一番いいと思って」
↑あまりの衝撃に言葉はもう覚えてないけど。
突然カードをプレゼントされたのでした。
しかも、大アルカナと小アルカナのフルセットデッキ………。

「タロット」というカードの性質上
こちらの心の準備の都合でご遠慮させていただいたのですが
『いやぁ〜(^m^)』
と、含みたっぷりに置いてゆかれまして今は私のところにございます。

↑彼女自身にはそんなつもりは無いのだろうけれど
要所要所の私の分岐点で、恐ろしいほどストレートに本質を刺激する私の
数少ない大切な友達の一人。



それから、程なくして



このカードがやってきたのです。
もちろん、大小アルカナのフルセットデッキ。

4回も見送ったのに、私を待っていたカード。

これ今思うと、私が本屋に行くたびにマーキングをしていたのだとわかるんです。
「呪をかけた」でも、いいでしょう。これで、買わなかったらカードに泣かれてたでしょう。
『呪を解いてから買うのやめてよ〜〜〜(T_T)』←目に浮かびます。

若い頃、無意識でかけていた『呪』は数知れない、と気付いた時の恐ろしさ\(゜ロ\)(/ロ゜)/
しばらくは解除作業に尽力いたしました。
この辺のお話も機会がござましたらその時に。


このカードデッキを手にしたのは多分3年ぐらい前じゃないかな、もっとかな。
あまりきれいなカードだったので額にして、絵画として
飾ろうかと思ったりしてたんだけど………普通に本棚で寝かしてました。


今までの長い間、いろんな占いを一通り自分で経験して
人生の分岐で二度ほど本業の方に占ってもらった事もあったのだけれど
その後
「自分に必要なもの」と「やらなければならないこと」と「本当に欲しいもの」は
『必ずやってくる』と言う仕組みがわかってからは
占う事の意味も、占ってもらうことの意味も、そしてそれまであった
『物欲』や『縄張り意識』と言いますか『所有権欲』といいますか、
そんなものまでも、いろんな角度から自分にはあまり必要無くなってしまってたので
気にならなくなりました。

それでも、久しぶりにカードが日の目を見た事に意味がありましたので
しばし、戯れてみようかと。



後編へ











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どんと祭 10:15
DVC00177.jpg
14日はどんと際に行ってまいりました。

時間帯の加減か、例年より参拝者も多く、車の渋滞も長く、
そして
写真では見えにくいかもしれませんが
御神火もフレーム一杯の上まで高く立ち上っておりました。

なんだか…
今後はいろんな角度で景気がいい気配♪

おみくじは末吉でしたが個人的にはとても
今の自分にぴったりな満足な内容でした。

随所に『神様は見ております』『清く正しく世のため人のため』と
なんとも今の私にぴったりなお言葉を頂き、
『あせらずともすべてうまくゆく』的な
素敵な末吉に、本年の伸びシロを感じたのでありました。

というわけで、
今年は『清く正しく』そして『美しく』を掲げて
参りたいと思いますヽ(^o^)丿
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