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2015.3.11. 20:37


3.11.本日は
幼稚園のときに亡くした大好きな祖父の命日です。
朝からお墓参りに行って参りました。

お彼岸前に片付けられた霊園には
雪が降ってお墓が綿帽子になっておりました。



そして、
その祖父に「大変お世話になったのですよ」という
私の大好きなおじ様が
「亘理は私のルーツの土地ですので
震災で亡くなられた皆々様にお線香をお願いさせていただきたいのです」
と、メールを下さったのでした。

最近、自我がしっかりしてきたと自分でも感じてはおりますが
とはいっても
とちらかといいますとエンパスとか憑依の気があるので
いろいろ思うところがありましたが
お線香を持ってゆきました。


風が強く
お線香にも火がつかず
100円ライターをつけていた親指が真っ黒になってもなお
数本しかつきませんでした。
今でも、指がひりひりするほどでした。

その間に何人もの方が手を合わせてゆきました。

その後、私はまだ火をつけようと必死でしたが
和尚さまが読経にいらしたので
後ろの方でこっそりご一緒させていただきました。
読経が出来るっていいなぁと心底思いました。


海外の人と英語で話すのと同じように
亡くなった方たちと話すのはお経なんだなぁと
感じずには居られないほど力強くも優しいお経でした。

線香に火もつかない強風の中
終始びくともしないで立っていられる姿が
力強く美しささえ感じました。

そして、その後、私もお線香をあげ
手を合わせ、
あの日、突然還らなければ
ならなくなってしまったたくさんの命が
迷うことなく天に還れる事を強く祈り
他県から、気にかけてくださっていますおじ様のお気持ちを伝え終えると…

先ほどの和尚さまのお経が思いかえされ
「号泣」となりました。

私自身は身内を亡くすことなく今日を迎えておりますので
すぐにこの号泣は私のものではないのがわかりました。




場所柄、土地柄で
「こういうことになるという事に自覚」が出来てからというものは
出来るだけ「自分」をはっきり持つようになりました。

「火がついたように泣く」という状態は
ああいう状態を言うのでしょう。

自分ではないのが泣いている感覚がわかりましたので
ひとしきり泣き止むまで泣いて
私の感情が戻って落ち着くまで泣いたままにしておきました。

私は「ただ器」な自覚はあるのですが
それ以上のことは何も出来ないので
様子を見るしか出来る術はありません。

ただ、落ち着いて感じたのは
具合悪いとか、気持ち悪い気配は無く
先ほどの「読経が嬉しかった」という、
ほっこりとした不思議な暖かい気持ちになったという感情でした。

このあたりが
読経が出来るっていいなぁと心底思った思いを
さらに強くすることになりました。


今日は、この辺で。

つづく




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